翡翠渓谷2
渓谷に到着したのは夕刻なので、そうそうのんびりとも過ごせません。
わずかな時間で離れなければならないのが本当に残念な絶景です。
ヒスイ色の澄明な水をたたえた深い淵には、二度と浮きあがれなくとも跳びこみたくなるような魔性の美しさがありました。
川の対岸にあって轟々と水を落とす滝には、圧しつぶされるのを覚悟で直下に全身をさらしたい衝動を感じます。
幾何学模様を思わせる節理状の白い岩が、どこかに隠しボタンを備えた異界への隠し扉のようにも思えてきます。
ただ一人でこの空間に身を置いていると、このままこの完成された美しい世界に封じ込められて一体化してしまいたいというような危険な思念の世界に迷い込んでしまいそうです。
狂気と正気のはざまで危ういバランスを保つために、務めを残す戻るべき世界への命綱として、無意識のうちに山吹の枝を手折って持ち込んだのかもしれないと、ふとそんな思いがよぎりました。
