烈日1
9月に城に登ったときの写真です。
灼熱という言葉がぴったりの、残暑というよりも盛夏のような,陽射しを遮るものもない道を一人壮大な縄張りの城址に向かって登りました。
全身からしたたる汗もあぶられてどんどん乾いてしまうような、そんな猛暑の日でした。
この写真は、子どもの頃のあるできごとを思い出させるのです。
ぼくが記憶している最初の「いじめ」体験は、まだ小学校に登らないうちでした。
近所の子供たちが一斉に遊んでくれなくなったのです。
背後には同い齢の子どもの親の存在があったんですが。
遊んでいるこどもたちみんなをおやつに招き入れ、でも一人だけ家に入れない。
窓の外を通りかかると一斉に囃される。その後ろに親の顔がのぞく。
どうもこの大人げなさだけは、大人になって、人にはお見せできない自分のいろいろな心理と向きあわされる経験を経た今でも理解しがたいものがあります。
くやしくて泣き顔で家に戻ったぼくの前に、黒い影がぬっと仁王さまのように立ちはだかりました。
「勝つまでかえってくるな!一人ずつ喧嘩すれば勝てる!」
恐ろしい影は言い放ちました。
たぶんもっと激しく泣きながら家を出ていったと思います。
でも誰よりも怖い影が「勝つまで帰るな」と言っている以上は仕方ありません。
生垣や辻に隠れて男の子たちが出てくるのをじっと待ち続け、不意打ちを食わせて、泣いて逃げ去るまでさんざんに(かわいい)鉄拳を振るって意気揚々と家に帰ったのでした。
以後いじめはなくなり、何事もなかったように毎日暗くなるまでみんなで遊びまわる日々が戻りました。
ぼくが一番母に感謝していることはこの日のことかもしれません。

灼熱という言葉がぴったりの、残暑というよりも盛夏のような,陽射しを遮るものもない道を一人壮大な縄張りの城址に向かって登りました。
全身からしたたる汗もあぶられてどんどん乾いてしまうような、そんな猛暑の日でした。
この写真は、子どもの頃のあるできごとを思い出させるのです。
ぼくが記憶している最初の「いじめ」体験は、まだ小学校に登らないうちでした。
近所の子供たちが一斉に遊んでくれなくなったのです。
背後には同い齢の子どもの親の存在があったんですが。
遊んでいるこどもたちみんなをおやつに招き入れ、でも一人だけ家に入れない。
窓の外を通りかかると一斉に囃される。その後ろに親の顔がのぞく。
どうもこの大人げなさだけは、大人になって、人にはお見せできない自分のいろいろな心理と向きあわされる経験を経た今でも理解しがたいものがあります。
くやしくて泣き顔で家に戻ったぼくの前に、黒い影がぬっと仁王さまのように立ちはだかりました。
「勝つまでかえってくるな!一人ずつ喧嘩すれば勝てる!」
恐ろしい影は言い放ちました。
たぶんもっと激しく泣きながら家を出ていったと思います。
でも誰よりも怖い影が「勝つまで帰るな」と言っている以上は仕方ありません。
生垣や辻に隠れて男の子たちが出てくるのをじっと待ち続け、不意打ちを食わせて、泣いて逃げ去るまでさんざんに(かわいい)鉄拳を振るって意気揚々と家に帰ったのでした。
以後いじめはなくなり、何事もなかったように毎日暗くなるまでみんなで遊びまわる日々が戻りました。
ぼくが一番母に感謝していることはこの日のことかもしれません。
